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DUOMO(ドゥーモ

マレーナが今に通り過ぎそうなドゥーモ広場。
第二次世界大戦中はドゥーモの下にも張り巡らされている地下通路を防空壕として
利用されていた。現在は2ユーロにて入場可能。(月〜金9:00−13:30、土・日19:00−23:30)
ドゥーモの横に入口が。出口は入ってからのお楽しみ。。

現在ドゥーモの外装修復中。中は以前として紀元前5世紀のドリス式
アテネ神殿の構造の跡が今もみられ、時を越えた、異次元空間を感じられる。
12月13日 シラクーサの守護聖人 サンタ・ルチアの祝日はシラクーサノの大イベント。
一年で一番昼が短い日でもあります。サンタ・ルチアはサンタルチア教会まで数時間掛けて
運ばれます。


Via P.picherali側からのドゥーモ広場 修復・掃除を終えたばかりのドゥーモ 雑誌FIGARO表紙同様Via Cavuor側

鷲はシラクーサのシンボル ドーリス式円柱は10本残っている 三廊式のバジリカ形式で、木製天井

外観からもドリス式円柱が見える サンタルチアの指が奉られている 美しいフレスコ画

指が先に運ばれる ドゥーモから運ばれるサンタ・ルチア 日が暮れてもイルミネーションと共に

サンタ・ルチア
 
「サンタァールゥチーーーア♪ サンターーーールチア♪」のナポリ民謡でお馴染みのサンタルチア。

304年に12月13日にシラクーサで殉職した聖人で、
彼女の話しで、一番有名なのは、難病の母親と一緒にカターニャの聖人・サンタ・アガタのお墓に祈りに行き、
その場でルチアは眠りに落ち、夢の中でアガタに病気を治す力を授かり、母親の病気を奇跡的治し、
キリスト教の信者になりました。

この時代は、ローマ帝国の勢いが衰え始め、キリスト教がその勢力を拡大し始めている時代。
ローマ皇帝崇拝を、拒否していたキリスト教信者は、ネロ帝から始まった迫害にさらされ、
ディオクレティアヌス帝下では迫害が酷く、キリスト教史上最も多くの殉教者を出しました。

サンタ・ルチアは婚約者に密告され、捕らわれ・改教を強いられる厳しい拷問を受け殺されました。
この拷問の中で、彼女は目をくりぬかれ、見せしめで皿ののせられたとか・・・
このことから、サンタ・ルチアは目の守護神として崇められています。

そして刑吏が彼女の喉を引き裂き、ルチアは血を流しながら叫ぶ!
「今日キリスト教徒を迫害していたディオクリティアヌス帝がその地位を追われました。
迫害は終わりを告げたのです。そして私はサンタ・アガタがカターニャの守護聖人になったように
このシラクサの守護聖人となるでしょう!」

彼女の声が終わらぬ内に、ローマから使者が到着し、彼女の言葉通りになりました。
サンタ・ルチアは重傷を負いながらも、その場に立ちすくみ、亡くなりました。
その場には今の、サンタ・ルチア教会が建設されました。

現在はサンタ・ルチアの遺体はヴェネチアに。
小指のみがシラクーサにあり、通常はドゥーモに保管されています。


シラクーサの守護聖人サンタ・ルチア 12月13日のお祭り時の警察の衣装 クリスマスにはツリーが飾られます。

ドゥーモ広場の地下道への入り口 地下道の出口さてどこでしょうか? サンタ・ルチア修道院教会


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